13.06.01【その1】

6月だって…!うへー。

さて、今日は授業の1クール最終日。講評と貴重作品の閲覧。

毎年講評をしていて思うのは、
タイトな時間での作業解説から1週間で(今回は2週間だったけれど)
学生たちは本当に良く仕上げてくるな、ということ。
きっと作業を眺めていたら、「おいおい!」ということも
たくさんあるに違いないが、それでもすごいなあと思う。
私にとっては「実践した人間に敵うものはなにひとつない」ことを目の当たりにする時間。


貴重な作品群は私にとってはいつ見ても嘆息もの。
果たして、学生たちにとってはどうだったろう。
「すごい」人が作っているからでも、「すごい」と言われているからでもなく、
自らの体感として、それらに驚異を感じなければ
どんな作品も心にとどめおくことは出来ない。
他人がどう評価しているか、ではなく自分はそれをどう見るのか。
ものを作る人間にはとても大事なことだ。

その一方で、なぜそれが「すごい」と言われているのかを
考えてみるのも同じくらい大事なこと。
自身がその根拠を受け入れられるかどうかはまた別の話だから
そこは混同しなくていいのだしね。気負わず、ニュートラルに。

…と、最近自分がやっていることを想いつつ考えるのでした。

13.05.26 観てきた

MOMATで開催中の『東京オリンピック1964 デザインプロジェクト』展を観に行く。
同じ建物の中で『フランシス・ベーコン』展をやっているが
人気の展覧会の上、最終日なので素通りする。あちらはどんな展示だったのだろう。
そういえば後日、観た友人が
「凹んでる時だったから、観たらますます落ち込むかなと思ってたんだけど
 思いのほかスッキリした気分になった」と言っていた。


さておき。
まさに国をあげての一大イベントだった64年のオリンピックに関するデザインワークを
ロゴやポスターをはじめ、開催に必要だったありとあらゆる、こまごまとしたものまで
裏話もふんだんに、たっぷり観ることが出来た。
あれだけのイベント(しかも国際大会)となれば、
本当に「うわぁ、こんなものまで作ったのか!」というようなものもたくさんある。
それをいまや大御所と言われるようなデザイナーたちが手がけているのだ。
当時、ちょうど30代前半。
いまの私と同世代だったと思うと、展示品から伝わってくる熱量に己を省みずにはいられなかった。

デザインに心を砕く、というのはまずは対象をよく俯瞰する、ということ、
そこに必要なことはなんなのか、そのために自分は何をすれば良いのかを順序立てて考えること。
ささやかな対象はもちろん、全体把握すら一苦労の巨大イベントであればなおさらその能力が
求められる。その規模に気が遠くなりながら、当時関わったデザイナーの明晰さに震え、
自分ならどうしただろう、と考えていた。

それにしても、この頃のデザインはいつも「いさぎよい」。
要素をごちゃごちゃと詰め込むことなく、そしてそのことに確信を持って、凛、としている。
見習いたい、と思った。


別の時間に観ていたS嬢と夕飯を食べながら、展示を振り返る。
「ここがすごかった」「ものは言いようだと思った」「原画が見れてよかった」と好き放題話していたのだが、
面白いことに、一番グッときたものが2人も全く同じで笑ってしまった。
決してメインストリームの作品だったわけではないので
これはきっと我々の専門性に依るところが大きいのだろうな。

13.05.24

13.05.22【その2】あっ!

なんと粋なことを。

展覧会の担当K氏がこんな企画をしております。
日々、楽しみにしておこうっと。うひひ。


 
 
 
いろいろ考えた結果の選択だからどうあれ胸ははっておくものの、
制作に使った「写真から取り出した R」の精度にジレンマのあった人間としては
写真のまま、というのはひとつの提示の仕方として “アリ” なのです。
 

でもどちらも実物には負けるので、ぜひ生でご覧くださいませ。
タイポグラフィ 2つの潮流

13.05.19【その1】観てきた

友人たちが展示をしているというので
木場のEARTH+GALLERY, gallery COEXIST-TOKYOに『幽体離脱しちゃったみたい。』展を観に行く。

いやはや、ギャグだなあ。(←変な意味でなく)
もちろん真摯に展示をしているのだし、そのことはよくわかっているけれど、
なんだかスコーンと抜けるようなギャグ感が漂っていて
始終脱力した笑いがこみ上げてきました。特に2Fはそんな感じ。


たけのくんは80’sの追求の仕方が圧倒的で、いつみても完成度が高いなあと思いました。
ラジカセもチャーミングシールも、文具も、何もかもが80’sの女子の部屋で
「ぎゃー!あったあった!こういうのあった!」と大盛り上がり。
かつて、通ってきたモノが時間を越えて目の前に現れると「異様なリアル」が表出して
そのことにちょっと愕然としました。
自分が大事にしていたものよりも、何気なく日々の中にあったものの方が
その異様なるリアルを突きつけてくることにも。
それは「いまここにある」というリアルではなく「かつて生きた日常」という化石的なリアル。
形と配列で “当時” を定着したままのチャーミングシールを見た感覚は衝撃的で
これは数百年前の遺跡の発掘で人の痕跡を見つけたのときっと同じ感覚だ、と確信しました。
(発掘したことないけど。)

 
それから話には聞いていた、身体にハムをつけたロボットを見ることが出来て大満足。
人見麻紀さんの「HAPPY LAND」という作品です。この作品、かなりいい味でした。
身体にハムを巻き付けたロボットが大きな風船の力を借りながら
四足歩行をしつつ、こどものような人工音声で
ちょっと音程が外れ気味に「ドナドナ」を歌う。
彼(あるいは彼女)にそうするように指示を出しているのは
特殊なメガネをかけなければ見ることの出来ない
ディスプレイ内のかわいらしいクマ。
顔もない四つ足から歌声が聞こえ、歌い終わるとクマがいかれた声で「すごいねー」という。
そうすると(意図してのことかどうか)四つ足がしばらく痙攣。
そしてまた「ドナドナ」を歌う。

このシチュエーションで「ドナドナ」ってところがすごい。
そして、ハムを巻き付けるとか可愛らしいクマってところがとても女性的だと思いました。

ここで醸し出されるのは明るい狂気。
でも決して狂っているんじゃなくて、
彼ら(あるいは作家)にとっては当たり前の幸せな世界なのだろうな。
ただそれが外在化すると狂気的に見えやすいだけで、
狂気的な質感をしたふつうの世界。
私もその存在を信じられるくらいにはこの世の中を観てきたみたいだ。

13.05.18【その2】wall

昨日K氏からお知らせのあった「壁」を観に行きました。
今回は物質性による原因と結果を経験したのですが、
いろいろあっても感慨深いことには違いなくて、あっちから見たりこっちから見たり。

展示準備が佳境の会場も覗かせてもらって、
準備作業中のK氏&N氏と3人で、起こった出来事やら
思ったことやらをつらつらと話しながらも
私はなんだかずっとにまにましていました。

思うところはそれぞれいろいろ、たくさんあるんだけれど
何かがカタチになっていくことそのものはどうしたって嬉しいことです。
それが自分ひとりではなく仲間と作ってきたものであればなおさら。

ぜひどうぞ、観に来てください。
タイポグラフィ 2つの潮流

13.05.15 【その1】観てきた

千葉へ「仏像半島」展を観に行く。
今回の千葉市美術館はいつもとずいぶん雰囲気が違って新鮮。

第一会場では、展示のひとつの目玉・小松寺の薬師如来立像はもとより、
(この仏像は本当に不思議!)
佐倉市密蔵院の十二神将の表情豊かさに感嘆したり
(「子」と「申」は最高だし「丑」もなかなかの表情)
同行のS嬢に「………」という反応をされつつも、
富津市東明寺の十二神将立像のイケメンぶりにほれぼれしたり。
こんなにバラエティ豊かな仏像たちが千葉にはあるのだなあと思わずにはいられない。
実際、来場者の方が「千葉って意外とすごいね」と口にしていて
「そうだよねえ、そう思うよねえ!」と心中で大きく同意してしまった。

第二会場は入口からかなりの迫力で、大振りの金剛力士像と四天王立像がお出迎え。
この辺りから個人的に四天王などに踏まれている邪鬼に大注目する。
仏像の雰囲気によって邪鬼のつくりも様々で、
コミカルだったり、すましていたり(踏まれているのに!)、躍動感にあふれていたりと楽しめる。
市川市弘法寺の四天王立像の邪鬼は躍動感があって面白かった。

お顔ばかりでなくたたずまいそのものが
「ああ、美しいなぁ」という仏像が本当にたくさんあって
深い信仰の対象であるからこそ、美しくなり、
美しいから自然と信仰を寄せる…という循環を素直に思うことが出来た。
「美しい」というを語るのはとても難しいけれど、
頭で考えるよりも先にどうしても感じてしまうものだとすると、
それを感じるように出来ているヒトというのは本当に興味深い生き物だ。

絵画はなんといっても成田市新勝寺の「十六羅漢図」。
1対の絵画の中にとてもたくさんのストーリーが描かれていて、羅漢に詳しくなくても面白い。
S嬢と「あ、縫い物してる!」「顔が映ってるよ!」「なんかすごい勢いで水が出てる!」などと
あちこち観察してずいぶんと楽しめた。
それにしても、聖人なのになんであんなに悪そうな(失礼…)顔をしているのだろう。

展示替えはあるものの、会期は6月16日までなのでぜひおいで下さい。
Twitterなどでも好評のようで嬉しいなぁ。

仏像半島 Twitter


そして、制作したグッズとようやくご対面。
手ぬぐいは4色あるうちの紫と渋めの水色がよく売れていて、在庫が切れる寸前だとか。

落花生もコンスタントに売れているそうです。
時々「?」となっている方もいるようですが、
本物の落花生(中身入り)に絵柄を刻印しているのです。

一筆箋は個人的に「!」な出来事があったのですが、
一筆箋コレクターの友人に喜んでもらえたのでよかった。

13.05.12

待ちに待った日だったのに、寝坊する。わーん。
というわけで、空いたバスにえっちらおっちらと揺られて
友人たちにあとから合流。

そして運動するだけした彼らと同じレベルでご飯を食べる。
いかん、これではカロリー摂取し過ぎだ!あわわ。


▷天気は上々。


▷お父さんとヘビを見つけた小さな女の子が「ヘビ!」とその発見をM嬢に教えてくれる。
 細くてかわいらしいヘビでした。


▷星がたくさんあるみたいだ。

13.05.11 OZU

『うそだよ。あの顔、うそだよ。
 あ、笑ってるよ。』
〈小津安二郎監督『お早よう』より〉

あるシーンが見たくてO氏に借りた小津安二郎監督の『お早よう』を鑑賞。
DVD・劇場あわせてもかなり久しぶりの “映画” だった。
独特の、とても日本的だなあと思える空気に圧倒されつつも
気付いたらその空気に自分も包まれていて、
作品世界を端から見ているのだけれど、神の視点からというよりは
ただ口を挟まずになりゆきを見守っている隣人のような
不思議と親しげな気分。
ハリウッド映画ではこうはならない、という差異は
なにか大事なことのように思う。

初めての小津映画、大変楽しめました。

それにしても笠智衆氏の居住まい、たたずまいが
とてもかっこよくて惚れ惚れ。
ただ、それ(=かっこよさ)はあまりO氏には共感されなかった。

13.04.28 色浴び

友人の角裕美さんの展示を観に代官山へ。

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角裕美 個展「夏の夜」@ Gallery 子の星
4/24-5/6 12:00-18:00
※4/30休廊・最終日は17:00まで


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久しぶりに観たカドの絵は「カドらしい」というのが一番良いような色にあふれていた。
一緒に行ったS嬢が「この色づかい出来ないなぁ。さすがだなぁ」と横でつぶやき、
私は、まったくだ、と思う。
そして「1枚で1冊の絵本を読んでいるみたいに楽しめる」と感想を言っていたけれど、
これまた私は、まさになぁ、と頷いた。

絵に散らばるたくさんのヘンテコなキャラクターはレギュラーもゲストも含めて
本当にたくさんいて「これは一体なんだ」とか「この子好きだな」とか
更には「この子はおいしそうだ」などと思う。
にぎやかで明るくて、まるですっかりカドなんだけれど、
ふとぽっかりした絵もあって、少しカドの「奥の方」を覗いたような気分もする。
まあそもそも、あんな個性的なキャラクターが手から生み出てくることが
カドの「奥の方」だよなぁ、と感じつつ。

彼女のイラストは明るい色味だと知っていたし、
特に自分の気持ちが沈んでいるとかいうことも全くなかったが
観終わって出てきてみたら、なんだか身体の中から晴れやかだった。
色浴びをした、と思った。

友人が制作に励んでいることは高揚する大きな要因だ。

会場撮影をこころよくOKしてもらえたので少し掲載します。
(©Hiromi Kado)