ウシを見て「でかーい!」と言いたくて、周辺の友人7人を誘ってマザー牧場へ行く。
お母様から天才的な雨男性質を遺伝したO氏がいるので、天気は時間を追うごとに怪しくなっていく。さすがである。
ジンギスカンを食べる食堂のご飯サーバー。ドフッ→ホワリとご飯が落ちてくる。
素晴らしい胸キュンメカ。
小学校からの親友がもうすぐ出産ということで、つかの間ののんびり時間を過ごしているところを
誘って、吉祥寺へ。
手芸屋さんへ行ったり、パン屋でうひょうひょと買い込んだり、
点在する雑貨屋に入ってみたりとぶらりの旅。
ランチではサラダ・スープ・ガーリックトースト・パスタ・飲み物・デザートで¥900という
破格に出会ってお腹いっぱいになる。美味しかったなあ。
結局夕方まであれこれ見たり、しゃべったりで楽しい時間となった。
『今日は仕事しない!』と決めた日はやはりゆったりと過ごせてこのメリハリは大事だなあと思う。
それにしても、素敵なものを見ていると物欲が刺激されてかなわない。
特に食器はあれこれ見ていると「あれもこれも」で大変である。
まあ、そんな気分になっても結局は買うに至ることは少ないのだけれど。
今日は木版刷りのぽち袋を購入。結局、紙もの・印刷物を買ってしまうのであった。
『勧進帳』がモチーフのぽち袋。真ん中の弁慶さんがツボ。
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◎本日の読了
『女王国の城』上 有栖川有栖 創元推理文庫
春の味覚・そらまめが売っていたので思わず購入。
小さな頃はあまり好きではなかったけれど、今は割と食べられる。
さやを開くとふっかふかの寝床にぷりぷりのお豆さんである。
西原理恵子がよく赤ちゃんがやってくることを「そらまめ」と称するけれど、
なるほど!と思われる様子をしていた。
ちなみに私にとってそらまめと言えば、ひよこ顔のイメージ。
皮をむくと白いくちばしとたれ目が顔を出す。小さい頃はこれを見るのは楽しみだった。
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◎本日の読了
『金の言いまつがい』糸井重里監修 新潮文庫
少し散歩に出る。
昼食に目についたそば屋へ。……うまし。
粗挽きのおそばを食べた。とてもコシがあって普通のおそばともうどんとも違う食感。
これはそば屋の息子・O氏が「どこ?」と聞いてくるに違いない。
あらびきのそばは太め。
その帰り道に近所で話題のシュークリームを食べる。クリームが美味しいシュークリームだった。
そして散歩の道すがら、スギナの群生を見る。すごいなー。なんかモアレが起きそうな具合だ。
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◎本日の読了
『バムとケロのおかいもの』島田ゆか 文溪堂
まだ雨が降っているが健康診断を受けに行く。
楽しみにしていた骨密度検査が午前中で終わっていてちょっとしょんぼり。
血液検査は小さい試験管4本分で、前より増えている気がした。
心電図はさすがになれたが、血圧とか採血時になんだか笑いたくなるのはなんでなんだろう。
オープンキャンパスのポスターについてトラブル発生。
印刷会社の方と少し話をして解決策を探る。
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◎本日の読了
『クジラの彼』有川浩 角川文庫
自宅で仕事をするようになってから、天気によって行動が決まりがちだ。
今日のような雨の日は、どこかへいくのはやめよう、ということになる。
パソコンを持って喫茶店や図書館で作業をしようと思っていたところを、結局自宅でやったりする。
通勤されている方からすれば「なぬ!?」という感じだろう。
小さな頃はあまり天気で行動を決めることはなかった気がする。
むしろ雨の日ですら外で遊んでいたりしたし、行楽地などが「雨だからすいてるよ」という言葉が
理屈では理解できても、自分の感覚ではなかった。
が、最近はあまりにも雨が降っていたり、あまりにも風がふいていたりすると外出するのがおっくうになる。
これって年のせいかしら。 やーね。
この雨は明日も続くようだ。
ぞくぞくとオープンキャンパスのために制作したものが具現化してきている。
今日は、当日にアンケートに答えた来場者へのノベルティの色校正。
他のグッズとリンクしているので、それぞれの色の印象が合っているかどうかが一番気になるところではあるが
その比較対象は月曜日にならないとみられないので、現段階で判断。
思ったほどには濁らず、強い印象で出ていたのでOKを出した。
あとはそのノベルティに必要な部品の色を指定したら、完全なGOサインとなる。
本来はありもので…ということになっていたのだが、イメージに近い色がなく、
結局業者の方の「より良いものを作りましょう!」というご好意で指定の色に染めあげていただくことになった。
こういう方々とお仕事ができるのはデザイナーとしてとてもテンションが上がる。ありがたや。
早く実際のものを見ていただきたいところだが、まだ秘密。
納品後に画像をアップしたいと思う。
◎本日の読了
『図書館内乱』有川浩 角川文庫
『姉の結婚』1 西炯子 小学館
東京都現代美術館で開催されている『MOTアニュアル2011-世界の深さのはかり方』が最終日だったので
駆け込んできた。知人の冨井大裕さんの作品がとてもよいから見逃すな、と周囲から聞こえてきていたので、
これは観ておかねば!というわけである。
天井が高く真白な壁の空間に、彼のカラフルな作品はとても「しん」とした風で高潔な感じさえした。
特に『ゴールドフィンガー』はまるで宗教画のよう。
多く日常で見かけるものたちがそのたたずまいを変え、そこにあることがよく似合っていた。
なんだかあの空間すべてが冨井さんのすごさ(というと安っぽいが)を示していたと思う。
小品がいくつも並べられたガラスケースを前に、友人と「これが好きだな」「私はこれだな」などと
ささやき合い、「あ、これはメッセージ性高い感じだ」「うん、なんか『わかりやすい』感じだ」と語ったあとで、
そもそも私には冨井さんの作品ひとつひとつの意図(あるいは経緯)を言葉にすることすら
到底不可能なくせに「わかりやすい」と感じることがあるって不思議だよな、と思った。
これは決して具体的に何かがわかっているわけではなく、あくまで 感じ でしかなくて、けれど
それが大事な気がしたり、この感覚は同一作家の作品が複数点置かれていることで
初めて持ち上がってくるものだろうなどと思ったり。
ただ、よくわからないけれど「わかりやすい」感じがあったことは確かで、その感覚はぜんたい奇妙だった。
ちなみに冨井さんはこうHP上で述べている。
『作品とはわからないものである。そして、どの様にわからないかという「わからなさの質」を求めるものである。』
にゃごにゃご。
その他、八木良太さんの作品も気負いなく自然体な感じがして(それは文章がそうさせるところもあるのかも)、
とても素敵だった。この人がどんなものをどんな風に観ているのか、興味がある。
池内晶子さんの作品には思わずため息がもれる。宙に浮く面は地下を強烈に意識させるものだなあと
好き勝手なことを思う。
よくわからない、と言われがちな現代美術だけれど(そして確かにそういう側面もあると思うし、
意図や意味がわかることですっきりしたい、方向性を示唆されたいという人間的な気持ちも否めないけれど)、
観る基準は決してわかるか否かだけではないのだと、実際に作品を目の当たりにすることで実感する。
人間の感受性はそんなに鈍いものではないと思う。
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その後、同時開催されていた『田窪恭治展-風景芸術』を観る。
私にとって、名前で作品が浮かぶ作家ではなかったけれど展示内容は興味深かった。
何年もの時間をかけてのプロジェクトとそのためのたくさんの習作、ひとつひとつが面白い。
模型はオブジェといって差し支えがないし、ドローイング1枚とっても美しく、
習作の数々は観る者の脳裏に、作家の手が休むことなく動き続けていることをあらわす。
ああ、こんなラフスケッチを描けたらなあ、などとすっとんきょうなことを夢想する。
若い頃に作られた『オベリスク』シリーズも印象深く美しかったなあ。
観て思ったまま、好き勝手なことを書いてしまったが、とにかく今日はいいものをたくさん観た。眼福。
◎本日の読了
『図書館戦争』有川浩 角川文庫