◎ここ最近の読了
『SOSの猿』伊坂幸太郎 集英社文庫
『あるキング』伊坂幸太郎 徳間書店
『閉じた本』ギルバート・アデア 創元社推理文庫
『竜の学校は山の上 九井諒子作品集』九井諒子 イースト・プレス
『九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子』九井諒子 エンターブレイン
『鋼鉄奇士シュヴァリオン』1 嵐田佐和子 エンターブレイン
『姉の結婚』4 西炯子 小学館
『聖☆おにいさん』8 中村光 講談社
『そのうちプラン』ヨシタケシンスケ 遊タイム出版
『レンアイ滝修行』杉浦さやか 祥伝社
『雉女房』柚木沙弥郎/村山亜土 文化出版局
『須田悦弘展』図録 千葉市美術館
『仏像のひみつ』山本勉 朝日出版社
『獣の奏者 III 探求編』上橋菜穂子 講談社文庫
『獣の奏者 IV 完結編』上橋菜穂子 講談社文庫
『BAVEL』1 重松成美 小学館
『地上はポケットの庭』田中相 講談社
その他、再読本多数。
東京オペラシティアートギャラリー『篠山紀信 写真力』を観に行く。
普段、あまり写真展を観に行ったり写真集を眺めたりはしないのだが、
この人の写真は観てみたい、と思った。
平日だというのに結構人が多く、しかも年配の人から若い人まで年齢層も幅広い。
写真が大きいとは聞いていたのだが、想像よりもずっとずっと大きくてホヘーとなる。
ああいう天井の高い空間に大きな作品があると、鑑賞者もみちみちしなくていいな。
本当に大きな作品は若干空気が入ってしまっていたりするのが残念だったが
日々の湿度の変化等を考えると仕方ないことなのかもしれない。
でも、もしそれがなくて繋ぎ目もない大きな写真だったらカッコいいなあと思ったりして。
ただ、そんなことはさておけるくらい「写真力」はびしびしと伝わってくる。
浅田真央さんの写真は、これまで見たどんな彼女よりも素敵な一瞬で、思わず見とれる。
その他にもたくさん、きれいでかっこよくて大迫力なものがたくさん。
坂東玉三郎さんもすごかった(!)し、見たかった山口百恵さんも色っぽかった!
人は本当に人に興味があるのだ、と改めて感じる。
そして、人体や文化や様々な生き様をとてもキレイだ、と思う。
そういうものを切り取った渾身の写真というのはいつまでもただただ眺めていられる気がした。
出た辺りにあったチラシ置き場を物色していると「シノヤマネット」のチラシがあった。
それを手に取ったらヨコにいたおじさまが「ぜひ、みましょう!面白そうだねえ、これ」と
話しかけてくれてなんだかほっこりした。
■
夜は久しぶりに演劇鑑賞。
演劇を観ていつもさらされるのは「『人間』にはかなわない」という想い。
デザインにだって出来ることはたくさんあって、ものごとや人を変えることもできると信じているけれど、
人が直接発する熱量が揺さぶるものにはかなわないと思い知らされる。
あー、かなわないな、かなわない!と帰路、思いながら
でもそれはなんだか悔しいばかりじゃなくて気持ちのよいことでもあったりして不思議だ。
明日は用事があるので、期日前投票に行く。
この年齢になると自分の一票がとても切実だから、そもそも投票しないなどという選択肢はない。
友人たちもその様子で、いつ期日前に行くだとかうちの選挙区にはこんな人がいるだとか、よくそんな話になる。
若者にとって切実な問題は若者が投票しないと変わらない、と
多くの諦観の中でもやっぱり諦めずに思って行動しなくてはいけない。
それに、様々意見はあるようだが、一票にはウン百万の価値があると試算されている。
そう考えるともったいないから無駄には出来ないよなー。
久しぶりの期日前投票をして思ったのは、
私たちの権利はここまでして尊重されているのだなということだった。
当日行けないなら、その前に投票できる場があらゆるところ(しかも近所)に設置され、
20時までその機会があり、とても丁寧に対応してくれる。
それを当たり前と思う人もいるかもしれないけれど、権利のためにこれだけ
体制が整っているって結構すごいことじゃないかと素直に思った。
だから、めんどくさいな、などと思って行かない人は、一度体験したらいい。
そうしたら意外とカンタンで、こちらに都合の良いように取りはからってくれる体制があって
なんとなくみんなでひとつのことをする(思想はバラバラでも)イベント感があって
日常では体験できない紙の書き心地なんかも体験できちゃうのだ。
私は知らない人達がたくさんおとなしく(ある種おごそかに)自分の順番を待って
投票しているイベント感が興味深くて好きだし、何よりあの投票用紙に柔らかめの鉛筆で書く
書き心地が大好きで、選挙の時しか体験できないあの質感を逃してなるものか、などと思っている。
(ちゃんと投票内容は真剣に考えております!)
きっと、めんどくさいなんて思う人は単なる食わず嫌いなんじゃないだろうか。
携わっているお仕事の撮影に同行させていただく。
というわけで、千葉県南部へ。
千葉市中心部から少し行くだけでずいぶんと様相が変わるのが
千葉のいいところ。南は緑も多くて気持ちがいい。
お邪魔したのは、さるお寺。
紅葉のピークには遅かったけれど、それでも豊かな色彩が迎えてくれる。
お堂での撮影は寒さ厳しいけれど、
写真家の方の手間ひまをかけて撮影に挑む姿勢とノウハウ、
修復師の方々の仏像に触れるにあたっての敬意と手技。
私はすっかり見ているだけの人間だったけれど、
なかなか見ることの出来ないものを拝見できて、とても有意義でした。
■
にゃーん。にゃにゃーん。
お寺でかわいがられていたにゃんこ。
友人の誕生日に、共通の友人でフローリストのSちゃんに
アレンジメントをお願いしました。
小さな頃には想像もしていなかった、今現在の専門性を存分に活かしてもらって、
長き友情関係を喜ぶのはとてもとても幸せなこと。
ゆるやかに、でもちゃんと続いてきたこの関係は大切にしたいものです。
武蔵野美術大学 美術館・図書館で開催中の『助手展 2012』関連イベント、
プロジェクションマッピングに「イムネ申」が参加するというのでドタバタと観に行く。
美術館正面の左右に大きくプロジェクションされ、様々な作品が上映されていた。
途中までしか見なかったけれど、せっかくだし左右を上手く使ったプロジェクションがあったら
いいのになーと思いながら見る。(最後の方にはそういう作品もあったらしい。見逃した)
あと、プロジェクションマッピングってなんとなくもっと「場所性」が大事なものだと思っていたのだが。
さておき、「イムネ申」の作品は、もうなんか笑えた。
これはhys君の頭の中だなぁとしみじみ思った。
一緒に見ていたO氏と「やっぱりあの人の頭の中は狂っておるね」(←尊敬している)
「そうだね」などといいながら笑う。
音楽といい、映像のタイミングといい…思い出してもおかしい。
もしかしたら笑っていたのは私たちだけかもしれないのだが、後日そう話したら
hys氏自身が「そうだろうね」と言っていたのがまたも面白かった次第。
高校時代の恩師がグループ展に参加しているというので友人と観に行く。
先生の銅版画は昔からとても魅力的で、よく飽かずに眺めていたのを思い出す。
昔は黙々と作品を作っている姿が印象的で、お互い不思議な距離感だったのだが
卒業して大分経って、私たちもそれぞれの生活をかたちづくっている今となっては
結構込み入った話なんかも出来て、それがなんだか嬉しい。
こういう時、自分たちが(経験は届かないにせよ)同じ目線で話が出来る年になったんだなあと思う。
友人の娘を嬉しそうに目を細めている先生はなんだか新鮮だった。
有志の隊(なんのこっちゃ、かとは思うがその辺は割愛)のお誘いを受けて、
京王閣で開催されている『東京蚤の市』へ行く。
◯◯が欲しい、と明確な目的があるわけではなかったので、
(あえて言うなれば、私と出会うモノを発見したかった、のだが)
のんびり・じっくり見て回る。いやはや、一日かけて楽しめる場所であった。
前述の会合のあと、チラシのこま犬に誘われて、
松濤美術館で開催されている『古道具、その行き先ー坂田和實の40年ー』を観に行く。
ただただ、なによりも「行ってよかった」と思った。
会場全体が坂田氏の世界観に包まれ、「そこにあることが必然だ」と
モノたちが静かに、けれど誇らしげに、でもやっぱりひそやかにたたずんでいる。
例えば、別の場所でそれぞれを眺めたとして私はそれをまじまじと眺め、対話をしようとするだろうか?
答えは、否。たぶんそうだ。気に留めることすらないものだって少なくないに違いない。
それなのに「この場」に「このように」在るということがかれらのありようをすっかり変えてしまうのだ。
「価値」とは、ということが強烈に熱量を帯びて迫ってきた時間だった。
「価値」を持つということはどういうことなのか。
人が見いださない「価値」を創造することの難さと
それをし続けてきた人の強さとは、なんということだろう。
ただただ、なによりも行ってよかった。
■
そんな興奮した心持ちでいたところ、ギャラリーTOMのDMを見つける。
ちょうど今日、『雉女房』出版記念の会をしていて、
なんと柚木沙弥郎さんがいらしているとか!
おおいにアウェーだが、憧れの人に一目会いたい…と恐る恐る扉をたたく。
ギャラリーの方がそっと迎えてくれ、購入した『雉女房』に柚木さんからサインをいただくことが出来た。
あわわ…となってしまったが、なんとか鎌倉の展示の感想をお伝えすることが出来てホッとする。
ギャラリー内に飾られた作品を観て、少し所在なくしていたら雰囲気のある女性が声をかけてくださった。
昔からの柚木さんのファンで、展示などがあると通っているのだという。
ものづくりについて穏やかにお話をする。人生の先輩と話をする、話を聴くのはやっぱり好きだなあと思う。
そのあとで、また別の女性とお話をする。坂田氏の展示の話からなにかをつくりだすことは…と
いう話になり、とても心に響くお言葉をたくさんいただくことができた。
そして柚木さんは御年90歳とは思えぬ矍鑠さで、
ものづくりや好奇心が与えるエネルギーのすごさを改めて感じるのであった。
なんだか今日はとても贅沢な一日だ、と思いながら帰途につく。
一年のうちで、こんなに充ち満ちる日というのは多くない。
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あ、ただ松濤美術館のカタログ…これはざんねんー!
雰囲気のある作りになっているし、
写真も丁寧に撮られているはずだと思うのだが(ホンマタカシ氏撮影)、
雰囲気をつくるために使用した(と想像される)本紙が写真を台無しにしている……ううう。
もっときれいに印刷された写真を見たかったなあ…。
こうしようとしたのは分からんでもないけど…ないけどさ!!と思ってしまった。
渋谷にて友人の主催する会合に参加する。
なんと言ったらいいのだろう、主催する友人は「聴く」ためにその会を開き、
参加者は「今」を話す。語り手以外の人間は時折質問をしたり、
なにか気になる言葉をメモしたり、話が時には脱線したり。そんな会だ。
ずっとそういう場を作りたいと言っていた彼女が小さなムーブメントを起こしたこと、
とてもカッコいいと思う。
久しぶりに会った顔が嬉しかったり、余計な口をきいた気もしたりしつつ、の素敵な時間であった。