13.05.08

プロジェクトにおける私の最後の役割の仕上げ作業。
大きな作業でない分、こまごまとデータを整えていく。
プロジェクトはまだ続くけれど、ひとつひとつヤマを越えて
ゆるやかにみんなが拡散していくのがさみしい。

さみしいのはきっと、みんなで一緒に目指していたある目標点を
「締切」を境にして過去に置いてこなくてはいけないからだ。
けれど、心では対象にむかう深化をこのままもっと
時間をかけて取り組みたい、と思ってしまうからだ。

プロジェクトは締切あってこそのもの、とはわかっているし
もっと続けたい、と思うことは自分にとっての栄養なのだけれど、
それでもやっぱりなんだかさみしい気持ちだ。
 
 
 

作業中のところへ、O氏が仕事に来たついでにと、
お願いしていたDVDとあわせて
「ぜひ読むといい」と『海月姫』を持ってきてくれる。
曰く『海月姫』に出てくる「尼ーず」が私を含め、
周囲にいるムサビ女子にしか見えず、その様子を味わってほしいらしい。
というわけで1~5巻を読んでみる。
 
 
 
 
………私たち、こんな風ですか?
(とかいいつつ、思い当たるふしがないでもない。)

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◎本日の読了
『海月姫』1-5 東村アキコ 講談社

13.05.05 今日は休もう

…と言ったK氏は休めていないけれど、
ひとまず他のメンバーは休み。
私は明日までに考えておかなくてはいけないことと、
進めておくべき修正作業。

でも少し外出もして、買い物をあれこれ。
せっかくなので柏餅も買ったりする。


この日持って出た本は読み進めれば進むほど、ドキドキしてくる1冊。
今考えていること、ずっと考えているもの、捉えきれない不定形、
それらを「ぴったり」言葉にする胆力をまだ持たない私にとって
比べものにならないほど深く深く考え、
それ故に(でも、それなのに、ともいえる気がする)
そのこと「そのまま」言い表すことばを持ち得た人は驚異だ。
そして、愛しいほどの戦慄を覚える。
ドッグイヤーも、心に刻むべき言葉も増える一方であることに
涙が出そうに幸福だ。

あらゆる本は「必要」な時に開くようになっているなと改めて思う。
この本は、またいつか開くとしてもまさに「今」私が読む本だ。

13.05.01 もにゃもにゃ

制作しているデータの再入稿。
一段落して、仲間のところに出向いてみたらキョトン顔のKさん。
…あ、今日は来なくても大丈夫だったのだ。
頭がもにゃもにゃになっていて、スケジュール管理が大ざっぱでいかん。
でもせっかく来たので、と資料をしばらく見ていくことにする。

私が今回(恥ずかしながら)初めて出会った著名な資料は
見れば見るほど垂涎もので、
もっと知りたいと思っていることの多くが散見される。
きちんと読み込めば、今見つめている世界は更なる明るさで見えてくるのに。

そんな歯がゆい気持ちもあるけれど、
読み込めばいいと思うなら、そうすればいいのだ、と思えているから
わくわくはふくらんでいる。

どんなに何かを思っていても、こころもちの具合によって
動ける自分と動かない自分がいる。
でも今は動ける自分がよく働いているようだから
それを働かせない手はないよな、とそのための
より効果的な環境について考えている。


久しぶりにSGさんからお誘い。
お気に入りのごはん屋さんでもりもり食べる。
近況を話したり、今自分が楽しいことを報告しあったり。

SGさんの見つめている未来はもう長いことブレがなく、
その経過をいつも私に教えてくれている。
そして彼女が対象としてそばにいることで、
私の行きたい場所は、明らかなる言葉になることが出来た。
今日そのことを「そうだったんだよなぁ」と思った。

明言化できた「それ」は、
いわゆる「将来」や「目標」ではないから、きっとわかりにくい。
それでも、彼女には「(あなた)らしい」と届いているようです。

13.04.30 推論する

『ある事実をもとにして、未知の事柄をおしはかり論じること。』
手元の「デジタル大辞泉」(小学館)によると、こうある。

今日はある推論が正しかったことを目の当たりにした日。
その感覚は鮮やかで気持ちよく、立ち会えたことをゼイタクだと思った。

ものを知ることや調べることの先にある
この感覚を知っているなら、世界はおもしろさを増幅・深化させながら、
ずっと果てを見せぬままに私たちの眼前に広がっていてくれる。

13.04.29 静かな空間

ここ最近「砂場に座り込んでスコップの先で円錐の穴をそっと掘り進めるような作業」を
ずっと繰り返しているので、あの日はどの日だ?と日にち感覚が鈍っているけれど、
今日は静かな空間で、各自が黙々とそれぞれの作業した日。
みんなに比べて、私の脳みそはあっちいったりこっちいったりしていて
効率的ではないけれど、何度も反芻しながらやることを確認。


至福の空間で、とてもとても美しいものをみる。
とても、とても。
それは繊維の集合とその上に載った黒みの集合であるだけに違いないのに、
どうしてこうも「美しいこと」が純然とせまってくるのだろう。

これはそうしたものが好きな「私たち」の感覚なのか、
それとも「ヒト」なら察知できることなのか…不思議でたまらない。
でもどっちだったとしても、すごいことだと思ってしまう。

形態はごくオーソドックスなのに、素敵だ、とわかる。
「思う」のではなく「わかる」のだ。
そしてこんなものがつくりたい、と願う。
「いいね」「素敵だね」「そうだね」「とてもね」
繰り返し、そんな言葉を交わし続けるのは幸福。

ちなみに私がずっと「おばあちゃん」だと思い込んでいたものは
「タルボット」氏でした。勝手にビックリ。

かくて、エキサイティングな日々です。…が、
Kさんにそんなこと言ったら
「………」っていろんな感情のこもった顔で
凝視されそうだけど。

13.04.26【その1】つづく

プロジェクトは続く。


歴史を後世から見た時、思うことも評価もさまざまだ。
ただ、歴史に対する絶賛あるいは批判を小耳に挟みながら、
でもなぁ、と思う。

今、私たちは自分のやっていることに対してあれこれ悩んで、
でも必ずなんらかの挑戦をして、「今、この時」の答えを出す。
それは誰かにとっての不正解であり、批判の的であるには違いないし、
(批評の的なら好ましいかもしれないが、存外世の中は大人げなくもある。)
何年も経ったあとの自分にとっての答えとは違う可能性も高い。
やっている自分が一番、途上であることを知っていて、
生み出すあるひとつの結果は、その先の礎「でしかない」ことも痛感している。

だとすれば、かつて生きた人々にとっても彼らの若き時代から晩年までが
それの連続だったのだ、となめらかに思うことが出来る。
そしてそう思った途端、目線は不思議なニュートラルさを帯びてくる。
(きっとそこにはとても素直な気持ちから生まれる尊重があるのだ。)

そのニュートラルさで眺めると、後からの絶賛や批判は少し、むなしい。
(もちろん批評はこれとは別だし、個人的な好き嫌いだって自由だと思う。)
その時代の挑戦を、同時代性を絶対にわかり得ない後生が
自分たちの時代のものでしかあり得ない価値観で絶賛していても批判していたって、
「でもなぁ」「それでもなぁ」という気分になってしまうのだ。

「劇的な出来事」は後の時代に「おこった」のであって、
当時それは上記のような連続性の断片に過ぎなかったのだよな、とか、
歴史を切り分けたのはやっぱり後から来た人間で、
歴史そのものは誰かの人生やなにかが終わろうとも、
どんなものごとも断ち切ることなく、続いているのだよな、とか。


私が興味があるのは「だから、素晴らしい」でも「だから、ダメだ」でもなく、
どんな時代に、誰と誰がどのように何をして、何に繋がったことで、世の中が「今」なのか
といった《営み》そのものなのだ、と最近強く思う。

13.04.25 ふりかかる

プロジェクトの追い込みは続く。
昨日の打ち合わせを受けての修正や微調整、確認などなど。
メンバーそれぞれが自分の役割にひたすら動く。
時折、細かな方針や修正を話し合い、どうするか悩み、
ひとまずやってみて、場合によっては戻す。
結果は一進一退だとしても、無駄な動きが減っていて、
互いの集中度が増しているのがわかる。

そうやって1日を過ごしていたところ、
終盤になってNくんとKさんにそれぞれ災厄がふりかかる。
当事者じゃなくても心臓がギュッとするような状況に
災厄はなぜ、よりにもよって、という時にくるのだろうと思うことしかできなかった。

なのにそんな中でも、
必要資料について相談すると2人とも見るも鮮やかにそれを手元に届けてくれる。
ああ、本当に優秀な人たちと仕事をしているんだなぁと心奪われるばかりだ。

13.04.24 打ち合わせ

プロジェクトの打ち合わせ。
もう、大きな打ち合わせはおそらくこれが最後というタイミング。

まだまだやらなくちゃいけないことも問題も山積みで、
それはとてもシビアなことだと思うのに、一方ではやっぱりすごく楽しくて
お気楽な性質まる出しとはわかっていつつも、
集まるみんなを見ながら、この環境が嬉しい気持ちも本当に本当だなと思う。

…なんて思っていると
「こういうところがデザインの腕のみせどころでしょ」とN先生にしっかり釘を刺される。

は、はぁい!

もっと良くする!

メンバーのひとり、O嬢の担当プロジェクトもすごく面白くて、出来上がるのが楽しみだ。
関連文献を先に読んでいるからこそ、積極的に面白がれている可能性もあるけど、
完成したものは絶対に意義のある提示になる。
たくさんの人に見てもらいたいなあ。

13.04.23 あっちゃこっちゃ

富山から大好きなお2人が来ると聞きつけて、会いにゆく。
会いにゆく、とか言ってないでさぁ…とそれこそお2人に思われること必至な状況だったので
大変に申し訳ないけれど、ついつい‥…。

仕事をあっちゃこっちゃしつつ、弱音も吐きつつ、
でも会えたら嬉しいしで、
ハイテンションのまましっちゃかめっちゃかな有り様だった気がする。

13.04.22 スペース

今かかわっているプロジェクトの追い上げ。
印刷紙面は決まっているのだけれど、現状だと到底入りきらない。
ものすごく頼りになる脳内マッピングを持ったNくんの解説を必死に聞きながら
時間をかけてスペースをスリム化し、内容を整理していく。
私の頭の中がもっと対象に通じていてかつクリアなら…と悔しいけれど、
とにかく今はなすべきことに集中する。

1日かけて、規定紙面に「到底」入りきらないデータが
「もしかしたら」入るかもしれない、にまで変化する。
ビフォーアフターを重ねながら、たった数センチのその変化に2人で
「やった……!」となる。
でもまだまだこれからが勝負、なのでがんばるのみ。