13.12.22【その2】それ以前、と以後

待ちに待った日。
Segments Project 2013の最終回であるGENESis公演へ。

これまでの公演も存分に楽しくて大好きで、いつだって心待ちにしていた。
毎回、その場にいないと絶対に伝わらないパフォーマンスを全身で感じながら
時には笑いが(ニマニマもケラケラも)とまらなかった。

彼らの第2シーズンが終わってから、Segments Project 2013を受講し、
どんなことを考え、どんな経緯を経てK下さんの時間論があるのか、
そしてそれはどんなものなのか、というのを講義&体験で教わってきた。
(毎回、思うことがたくさんあるんです。言葉に出せていないけれど。)

その講座の最終回が今日。
実は、特に気をつけて講座と公演の関係性を意識して会場にいったわけじゃない(おい…!)。
多分、公演そのものが楽しみという方が大きかったと思う。
けれど、幕があき(実際の幕が上がったのはもうちょっとあとだけど)
パフォーマンスを見ながら「あ、今、私は「以後」だ!」と思った。思ったというか、
心でパチンとはじけたしゃぼん玉の中にその気付きが入っていた、という方が近い。
「あ、」って。

これまでの公演を見ていた私、ではなくて
今、これを見ている私は「セグメンツ的時間論」を経てきた私だ、と。

変わらず存分に楽しんで、イヒヒヒだのケタケタだのと笑って、
やっぱり大好きなことを感じながら、
けれど単にアウトプットされる行為を面白がっているだけじゃない自分。
ちゃんと “セグメントの感覚” が身体に尺度として馴染んでいることを実感できた。
そのことに、思わずニマーとした(トトロが雨音を喜んだような顔で)。

わかるだろうか。
ずっとその周波数を受信する手段を持ち合わせていなかったのに、
気付いたらチャンネルが「それ」にセットされている感覚。
チャンネルを獲得したことにすら、その時初めて気付く体験。
(この説明がわかんねーよ!というツッコミをいただきそうな文章だな。)
何かを学び、習い、新しい尺度や理解が自分の中に定着する時、
それを「まさにその瞬間」として体感することは意外と少ないのだけれど
今回は「瞬間」に出くわしたんだ、と思う。

つまり、私にとって今回は『それ以前と「以後」』を知った記念すべき公演だ。


帰りがけ、以前のSegments Projectから参加しているO氏は前々から
“セグメントの感覚” を持ってGENESisを観ていることを知って、
私もそういうみんなにすこーし近づけたのかなあ、としみじみする。

個人的にはエノキの、狂気を感じる震えぶりとその後しばらく漂うかほりが今日一番のツボ。