ap嬢とSちゃんと一緒に最終日の『カイユボット』展に行く。
開館したてを狙って行ったけど、それでも結構混んでいて
自分たちを棚にあげながら「みんな、正月の用意とかすればいいのにー」などと言い合う。
とはいえ、ちょい混み程度だったし、『ターナー』展よりもお客さんの態度が
随分大人で控えめだったのでさほどストレスなく鑑賞できた。
印象派の作品はあまり好みではないのだけれど、
カイユボットはなんだか好きだなあ、なんでだろなあ。
多分、光と影のコントラストの具合と、色のある影が好みなのだろうなあ。
実物をたくさんみて思ったのは、彼の作品は不思議な透明感があって、
絵そのものに透明感がある、というよりは
絵と鑑賞者の間に透明な厚い板があるような感じがする。
それは至極透明で、色に濁りを出すようなものでは決してないのだけれど、
「ある」ことだけははっきりしているのだ。
カイユボットの絵画とともに弟が撮影した数々の写真も展示されていて、
当時の街の様子などを生々しく見ることが出来た。
街を行き交う、かつて「いて」でも今はもういない人々の姿を眺めながら、
その不思議さを思う。
だって、この人たちは未来の外国人が自分の姿を見ているなんて想像もできないで
生涯を全うしていったんだもんなあ。不思議だよなあ。
…どうも写真をみる目線が違う気がするがまあよしとする。
それにしても、ISO感度は一体どのくらいなんだろうと思えるくらいに
きめ細かい写真で、それを映像学科出身のSちゃんに話すと
「いやあ、いいフィルム使ってんなーって感じしましたよねー」と言っていた。
さすが、お金持ちだった人は違うんだなあ、などと妙なところで感心したりする。
それにしても、入口に置いてあった展覧会チラシから割引券がことごとく
切られていたのに絶句。なんだかなー、どうかと思うなー。
100円程度なんだからそこはさあ…と3人でげんなりしたのであった。
こういうところに成熟しきれない日本の芸術文化レベルがあらわれている気がしてならないんだけど。